日高川沿い、県道26号線を見下ろせる場所にある、ライダースカフェ「HIDA CUB(ヒダカブ)」。川口さんが「一人で来るお客さんが落ち着ける場所にしたい」と話す通り、目の前に広がる山や、移り変わる空の景色に癒やされる、居心地のよいお店です。川口さんの地域の人との関わりや、お店をする上で大切にしていることなどをお聞きしました!
目次
初めから「カフェ経営が夢」だった訳ではない
ー川口さんがカフェを始めたきっかけは何ですか?
川口:生活のためはあるかな?早期退職したんやけど。何か新しいことを始めるのに60歳になってからだとしんどいから。ほんで早よ辞めたんよ。
ー昔からカフェをしたかったわけではない?
川口:最初からカフェをしたいとは思ってないね。漠然と「自分で何かしたいな〜」って思ってて。一時期は、ゲストハウスしたい、って思ったこともあったけど。ゲストハウスは初期投資が高いんですよね。広い家じゃないと出来ないし。結果論なんやけど、コロナもあったし、インバウンドに頼らんで良かった。
何人か仲の良いカフェのマスターが居てるから、相談したり。「ずっとカフェをやるんが夢やった!」ではないですよ(笑)。
ー退職後のイメージをしたときに、充実した時間のためにお店の経営を考えた?
川口:年金だけじゃ生きていけないんで。年金プラスいくらかの収入があったらいいかな?って。カフェをやれば日銭は入ってくる。何よりも時間が潰れますやん。
ー始めた理由は、収入のため?余暇のため?どちらが近い感覚ですか?
川口:どっちもある。ある程度の収入もほしいし。宿をするにしても、カフェをするにしても、お客さんとして考えてたのは「旅をしてる人」。僕はバイク乗るのが好きやから、バイクに乗る人のお店にしたいな、っていうのはありました。
ー自分の好きなことと繋げたい?
川口:そうそう。
カフェ開業の背中を押してくれたご近所さんの言葉
川口:店の工事が終わったのが2020年の8月。その時、コロナの感染者が増えてたんですよ。だからお店のオープンを悩んでた。うちが店開いて感染者が出たら、絶対に「うちのせいや」って言われると思って。
そんなことを考えてた時に、近所のおばちゃんが「あんた、いつから店するんよ」って僕の様子を伺いに来てくれた。コロナもわ〜って増えてきてるし……って言ったら「そんなん、コロナなんていつ終わるか分からへんし、1年かかるか2年かかるかわからんから。もう、やりーよー」って。
「心配せんでも、コロナが怖い人はあんたの店に行かんし。やったらええがな」って言ってくれた。その言葉に背中を押されて。「やろか!」って思った。それで9月12日に店をオープンしたんです。
ーステキな言葉ですね〜。そのお母さんの一言で「じゃあやってみるか!」ってなった?
川口:そうそう。もう一つ幸いやったんが、ここコンクリートの壁建っとるでしょ?上から落石と倒木が落ちてきた時のための擁壁なんやけど。工事が、ちょうど僕らが住む2020年から始まった。その住民説明会で、引っ越す前に地区の人、全員と会えたんですよ。
川口:地区長さんが「今度、引っ越して来る川口さんです」って紹介してくれたあとに、挨拶させてもらって。「お店もやろうと思ってるので、よかったら来てください」って伝えた。
説明会が終わったあとって、みんな自由に喋りますやんか?この集落のおばちゃんらが、びゃーっと寄ってきてくれて。「あんた、どんな店すんの?それは嬉しいわ〜!」って言ってくれた。前に住もうと思っていた地域ではお店を開くことを嫌がられてたから。「あ、ここええやん!」って思えたんですよ。
説明会に参加してなかったら、近所のおばちゃんも「いつから店すんの?」なんて聞きにも来なかったやろうし。説明会に参加できたことは、僕にとってはすごく良かった。
地域に受け入れてもらえたのは先輩移住者のおかげ
ー川口さんがこの地域でお店を続けられてる理由って、何だと思いますか?
川口:やっぱり最初の移住者がちゃんとしてたからやと思いますよ。だって、一発目の移住者って、地域の人も不安やったと思うんです。
集落内の空き家に毎週のように内覧に来てる時があって。地域の人は「今日は大阪ナンバーの車が停まってたな」とか、見てないようで見てる(笑)。地元の人は「どんな人が来るんやろ」って、移住する人の2倍くらい心配してる。
普通に引っ越してくるだけであれくらいの反応やから、僕が来るときはすごかったんちゃうかな、って。「あいつ、店するとか言うとるぞ」みたいな(笑)。
ー先輩移住者が上手に地域に溶け込んでくれたおかげ、って思ってるんですね。
川口:先輩の移住者が、移住者へのハードルを下げてくれた。家の工事が始まる時、近所の人が先輩移住者の話をするんですよね。一番最初に来た人が、すごい上手いこと溶け込みはって、率先して役員もやったり。
その人のおかげで、この地区の人はあんまり移住者に悪いイメージがなかった。最初に移住してきた人の印象で、移住者への評価が変わってるんやろうな、って思います。
「お客さんと喋りたい!」がカフェをやる大きな理由
ー今、川口さんの仕事の量としては、ちょうど良いバランスですか?
川口:もう少し忙しくならなあかんけどね。気持ち的にはちょうどいい。今みたいな感じで一生いけたらいいなって(笑)。
ーこれから何か、やりたいことはありますか?
川口:ええ加減なんですけど、僕ランチはあまり出したくないんですよ(笑)。はっきり言って、お客さんと喋りたいから店をやってるんです。ランチに凝ると、ずっとキッチンにおらなあかん。理想は、コーヒーだけで潤うくらいお客さん来てくれたらええけど。それはちょっとムリやし。
今、家内が一生懸命、おやつ作りをがんばってくれてる。おやつだったら前日に仕込んで、切って出すだけ、レンジで温めるだけ、とか。キッチンに居る時間は減るわけやん。メニューをカレーにしてるのもそれなんですよ。お客さんがようけ来てくれるのは嬉しいけど、お客さんと喋られへん。
ー川口さんが一番したいことは「お客さんと喋りたい」ってことですよね?
川口:そう。年に2回くらい「日本一周してます!」みたいな子が来たら、話を聞きたいやないすか?でも忙しい時に来たら、そんな人と話せる時間が無い。
一人でバイク乗ってる人ってけっこう多いんですけど。そういう人らって、ずっと一人だから。コーヒーやお茶飲む時くらい、バイクの事を知ってるおっさんと喋るのが楽しい、ってお客さんが多い。だから、最近は一人のお客さんの割合が増えてるんですよ。
一人のお客さんが心地良く居られる店にしたい
ーお客さんが「前回、川口さんと話せて良かった」ってリピーターで来てくれるんですか?
川口:そう。あと、前回は友だちと来てたけど、僕と一人のお客さんが話してる姿を見て「あ、今度一人で来たら、あんな風に喋ってみようかな」って思うみたい。
一人で来て落ち着ける店を探している人って多いんですよ。一人で行動してる人ってね、けっこう飯食うとこに悩んでるんですよ。僕も経験あるけど。
古民家を改装したオシャレで凝ったワンプレートを出すレストランとか、脱サラでやってる蕎麦屋さんとかありますやん?そういうとこって、一人でバイク乗ってる人からしたらハードルが高い。小洒落たお店にオッサン一人で行って、そこでオシャレなご飯を食べる、っていうのはね(笑)。
だから、一人の人は道の駅に行ったり、コンビニで済ませたり。ラーメン屋さんが人気なのは、ひとりで行っても恥ずかしくないから。
ー立地的にも、この店は一人のお客さんが入りやすい?
川口:そう。5mほど県道よりも高いところにあるだけで、通りすがりの人は来ないんですよ。たまたま通りました、の人が来ないんですね。たまたま通りました、ってお客さんが来だすと売上的には上がるんやけど、お店の雰囲気は変わっちゃうんよね。
ー川口さんが居場所として大事にしているのは、一人の人がゆっくりできる空間、っていうことですよね?
川口:そうそう、それはある。一番嬉しいのはね、一人の人同士が友だちになってくれること。これが一番ええ。僕は別に喋らんでも良いんです。
お客さん同士が「どっから来はったんですか?」って声を掛け合ったり、お互いのバイクを見ながら話をしたり。その様子を見て「この店をやっててよかったな〜」って思う。
旅の情報交換をするのは、ライダーあるあるっていうか。この店で出会って一緒にツーリングに行ったり、SNSで連絡を取り合っているお客さん、何人か居てはるんですよ。将来「ここで出会って付き合いました、結婚しました」ってお客さんが来たら楽しいでしょうね(笑)。
ー今後、巡り巡って、そんな繋がり方もあるかもしれませんね!(笑)
ヒダカブでしか提供できない情報をシェアしたい
ー移住してきてよかった、楽しいと思うことはなんですか?
川口:かまどの薪を拾いに行ったりとか。そんなんが面白いね。
あと、お客さんから「この近くでどっか、ええとこないですか?」ってよく聞かれるんですよ。観光名所もいいんやけど。ライダーさんは、舗装林道でもいいから、有名じゃないところの見晴らしのええ展望台みたいなところを探してるんですよ。自分だけのツーリングコースみたいなね。
最近、この近所の道を走りに行ったんですけどね。今度、お客さんに聞かれたら「ここに〇〇が売ってますよ」とか「ここに面白いお地蔵さんが居てますよ」とか教えてあげたいな、って思って。そういう話のほうが、ライダーさんは喜ぶ。
川口:バイク走るのが好きなお客さんやったら「ちょっと岩ゴロゴロしてるけど、カブでも走れるような道やから行ってみはったらどうですか?」って伝えたり。
自分でバイク走らせてると「こんなとこあるんだ」って地元の発見になって面白い。今日も、よろず屋さんみたいな個人商店に行ってきたんだけど、そういう人と仲良くなったら面白いな、って思ってる。これから、移住者仲間でも農家さんでも、繋がりを作っていきたいなって。
ーお客さんと会話のネタになることとかをストックしたい?
川口:そうだね。スマホに載ってないネタを集めて回りたいかな。
ー「お客さんに情報提供できるかも」って視点でツーリングする、って良いですね。
川口:店に、どんどん書き込んでいける地図を貼ろうかなって思ってます。別に、お客さんが書き込んでいっても良いわけですよ。地図を作っておけば、スマホで写真撮ったら、地図を持って歩かんでもいいやないですか。そんな地図を作ったら、人に言いたいお客さんは、ぜったい人に広めたくなるんですよね。
映える店以外を求めている人も多い。僕のインスタとかで、新しい場所に行ったら必ず投稿するようにしてるんですけど。「あれ、どこ行ってはったんですか?」って聞いてくる人が、ちらほら増えてきた。みんなそんなローカルな情報を求めてる。
子どもの声で賑わう町になって欲しい
ーこんな日高川町になって欲しい、と願うことはありますか?
川口:学校が賑やかになるような人に移住してほしいですね。近所に週末だけ移住してる家族が越してきたんだけど。近所の人、すごい喜んでましたもん。
僕の店に来てくれたおいやんが「子どもの声、聞こえたー!」って。「久しぶりやな〜子どもの声聞こえたらええな〜」って言ってた。僕らみたいな世代が移住するのも良いんやけど。日高川町は廃校とか合併ばっかりでしょ。もう一回、地元の学校が賑やかになればいいな、って思いますね。
川口勝弘(かわぐちかつひろ)さん
大阪府松原市で生まれ育つ。結婚を機に奥さんの地元、和歌山県橋本市に移住。公務員として長年勤務していたが、セカンドライフを見据えて早期リタイア。2020年8月に日高川町へ移住。バイク好きが高じて同年9月にライダースカフェHIDA CUB(ヒダカブ)をオープン。ライダーさんとの交流を楽しみながらカフェ経営をしている。